会計事務所業界や弁護士などの士業事務所に勤めていれば、よく耳にする「通達(つうたつ)」「事務運営指針(じむうんえいししん)」。両方とも、行政機関内部での上部組織から下部組織への“お達し”だ。お役所内部のことなので「一般には縁がない」と考えがちだが、法律を扱うビジネスをしていればこの二つ、本当に重要だ。
とくに税務行政においては、 税法解釈で重きをなしてくるのだ。そのため、税理士の中には、税法をさらっと読み、「通達」重視で税務処理をする人も少なくない。「租税法律主義」とはいうものの、税務の現場では「通達」で事務が回っていることが多いため、どうして通達重視になってしまうのも分からないではない。
税金の専門紙の編集長をしているとき、取材に当たって記者には、ネタをつかんだらまず「税法」→「政省令」→「通達」の順で問題のポイントを理解し、実務の現場で問題になっていることを課税当局に聞きに行くことを基本として教えていた。そこまで理解して取材に行けば、役人も「基本は分かって質問してきているから、きちんと教えよう」「下手なことは話せないから、核心部分を説明しよう」という気持ちになってくる。疑問があれば深い質問もできるため、手前味噌かもしれないが、一般紙の記者とは比べ物にならないほど、深い取材ができていた。だから、新人記者は、最低でも3年ぐらいしないと一人前の仕事はできなかった。一つのニュースを書くのに「税法」「政省令」「通達」を読み込んでから取材、そして頭の中で情報を整理して新聞記事を書くのだから、本当に時間がかかるのだ。ベテランになってくると、基本的に税法の条文などが頭に入っているため、調べる時間が少なくていい。ネタをつかむにも、税法や通達のベースがあるため、何が問題になるかが話を聞いているとピンとくるのだ。
さて、「通達」「事務運営指針」は役所内部のお達しのはずが、なぜにそこまで重視されるのか?
このほかにも、課税当局が重視しているものに「文書回答事例」「質疑応答事例」「タックスアンサー」がある。これらは、国税庁のホームぺージ(http://www.nta.go.jp/)に公表されている。皆が見れるものがなぜそこまで大事なのか、その理由は説明したい。
要は、「通達」も「事務運営指針」も「文書回答事例」「質疑応答事例」「タックスアンサー」も、課税当局内部で、その問題に関してどのように取り扱っていくかを公表している。税法などの法律は解釈、読み方によって処理が大きく変わってくることがしばしばある。その解釈について、課税当局がどのように判断するかを示したものがこれら通達であり事務運営指針なのだ。士業が重視しないわけがない。
それに、これら文章は、税務行政上は上からのお達しなのだから、現場職員が事務を行っていく上で縛られるものになる。これに違反したら「公務員法違反」になる。だからこそ、とりわけ重要な文章と言うことが理解できよう。逆手に取れば、調査官が通達に違反して判断・行動していれば、それは大問題と指摘することができるわけだ。「通達ではこう書いてあったけど、あなたはそれを無視して処分するつもりなのか」と、調査のときにでも一括すれば、調査官はタジタジになってしまうだろう。
通達、事務運営指針以外にもこうした内部文章はいくつかあるのだが一つずつ説明していく。
・通達:「法令解釈」を行うにあたって課税庁が守るべき統一的な解釈
・事務運営指針:課税庁の「内部事務」を行うにあたって、課税庁全体が守るべき統一ルール。
通達は、法律・政省令や告示などとは異なり、行政機関内部における指針に過ぎないが、課税庁はこれに沿って事務を行うので、事実上新たに義務を課したり、規制を設けたのと同じ効果がある。そのため、世間的には批判もこめて「通達行政」と呼ぶことがある。
次いで「事務運営指針」だが、要は税務調査などでバラバラな対応を職員がしないように、全職員が「守らなければならないルール」を定めたもの。通達も事務運営指針も、役所内部の「内規」みたいなものなので、納税者を拘束するものではない。しかし、課税庁の職員は、これを絶対守らなければならない。「国家公務員法第98条」(法令及び上司の命令に従う義務並びに争議行為等の禁止)には、職員はその職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないと書かれている。
このほか、課税庁が情報公開するようになって重視しているのが「文書回答事例」「質疑応答事例」「タックスアンサー」だ。
それぞれ、税務処理について質問を受け付け、その取り扱いで構わないか回答しているもの。文書回答事例は、より個別性が強く、質疑応答事例は、納税者から寄せられた照会等の中から他の納税者の参考となるものを税目別に整理し、照会事項及び回答をポイントが分かりやすいようにまとめて掲載されている。
タックスアンサーは、国税に関するインターネット上の税務相談室。税目ごとに調べることができる。
税務行政においては、法律、政省令以外にも、ざっとこれだけのものが関係してくる。税理士や公認会計士などは、実務上、常日頃からこれだけのものを勉強しておかなければならない。当然、税務裁判の判例や国税不服審判所の採決(裁判では判決といえるもの)事例も研究しておくと一段上の専門家として活躍の舞台も広がる。